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「枚方市平和の日」を前に

殉職者慰霊碑清掃

清掃が終わった慰霊碑の敷地

 枚方市は3月1日を「平和の日」と定めています。 1939年(昭和14年)3月1日中宮北町にあった禁野火薬庫で大爆発が発生し、多数の市民が死傷しました。 消火活動等にあたった消防関係者ら16名が殉職され、枚方市は1940(昭和15)年3月1日に殉職者慰霊碑を建立しました。

また、この痛ましい歴史を忘れることのないよう、そして市民一人ひとりが平和の大切さや平和への貢献について考えるよう、禁野火薬庫大爆発から50年目の1989年(平成元年)3月1日に制定されました。

それぞれが持ち場を見つけて

手早く形を整えていきます
フェンスに絡まる弦を切り取りとっています
職人の手作業
黙々と作業に励む団員

 令和8年2月22日早朝、枚方市消防団幹部団員は慰霊碑前に集合して同慰霊碑とその敷地内の清掃を開始しました。 常時の手入れが行き届かない敷地内には雑草が生い茂り、足の踏み場もないような状況の中、手慣れた手つきで樹の剪定にあたる団員、雑草を刈り取る団員、誰かが指示するわけでもなく、皆がそれぞれの持ち場を見つけて作業に取り組みました。本日の参加者は、中団長以下、副団長、分団長まで総勢16人。 中には植木職人もいて、脚立に上るとあっという間に樹の形が整えられていきます。 なんと樹木の剪定と敷地内の草刈り等は1時間余りで終了し、慰霊碑周りは見違えるほどきれいな姿となりました。

当時も変わらぬ郷土愛護の精神が

中団長の話に耳を傾ける団員ら

 清掃終了後、中団長から順に同慰霊碑に向かって鎮魂の祈りを捧げるとともに消防団活動の安全を祈願しました。 そして、中団長から先輩団員より語り継がれた爆発当時の様子を伺いました。 明治から戦前(1939年頃)にかけては消防組(しょうぼうぐみ)という非常備の公的な民間消防行動団体が存在したようですが、当時から「自分たちの町は自分たちで守る」という郷土愛護の精神に基づき、地域防災の基盤が築き上げられたことを知りました。

心を新たに

清掃を終え、慰霊碑に祈りを捧げる中団長

 消防団活動において、「安全」「指揮命令」「組織力」の3要素は互いに密接に連携し、地域防災の中核として消防団が機能するために不可欠な要素です。 近年の災害の複雑化・巨大化に伴い、団員の安全を確保しつつ、確実な指揮系統に基づいた組織的な活動が展開できるよう、殉職者の慰霊碑を前に団の幹部らそれぞれが心を新たに誓いを立てました。

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